celestial
今日も、見ていた。
風間や山下とセットになっての仕事が多くなって、随分経った。デビューはしていないしその予定もないのに、思いの外忙しかったりする。これは恐らく、喜ばなければならない事なんだろうなと、生田は納得している。仕事が絶え間なくあるのは、絶え間なく必要とされているという事だから。
しかし、一緒にいる時間が長くなったからと言って、初めてソレを目にした時の衝撃が少しは薄れたかというと、そんな事は全くなく。むしろ、日を経る毎に、心奪われていくばかり。
生田は、毎日のように自分に感心する。見慣れる事って、ないんだな、と。そうなると勿論、見飽きる事だってない。
「なーに」
「え」
唐突に聞こえた声に、我に返る。
久々に、歌番組の楽屋。衣装に着替えている、こちらに向けられた背中に気を取られて、本体がそのまた向こうの鏡を通して自分を見つめているのに、気付いていなかった。
笑わなくてもなくなってるよな。と、からかわれる的。この事務所の中では少数派の、円らで黒めがちな瞳。そして、元々少し下がり気味の眉を更に困らせたような、怪訝な顔。
「斗真? どうした」
「え、なんでもないよ?」
てゆうか、見てるだけじゃん。後ろめたい事なんて、俺、なんにもしてないのにな。明るく応えたつもりの自分の声が、少し上擦っている。他人事のようで、妙に可笑しい。山下が、興味のなさそうな顔のままで首を傾げている。こいつは他人に干渉はしないけれど、少しばかり勘が良いから、要注意だ。
生田のぎこちない声を聞いて、風間はきっと言いたい事や尋ねたい事がたくさんあっただろうに、それでもふんわりと笑顔を見せてくれた。少し、困ったような笑みではあったけれど。
テレビや雑誌のグラビアに映っている、固かったり、それを誤魔化すようにおどけてみせる表情とは違って、普段の風間の笑顔はとても自然で、甘い。熱々のミルクココアに浮かべられて溶けかかった、真っ白なマシュマロを連想させる。
その笑顔は、見た人間をとろかしてしまいそうに、甘くて柔らかい。それは、風間の外見が本来持ち合わせている、穏やかな雰囲気とあいまって、見る者を幸せにした。
更に、生田にとってはそれだけではなかった。
その笑顔は、背中に揺らめく雪白の羽根に、とても映える微笑みだった。何時の頃からか、事ある毎に自分へ向けられる、光の粒を散らしてきらめく羽根と、とろけるような微笑み。
風間の羽根は、硝子細工のような繊細さで、一枚一枚が微妙に透け感の異なる白を湛え重なり合い、半透明の翼を形成している。光の加減でそれは、薄青や桜色に見えたり、時には様々な色がプリズムを通した光のように見えたりもする。
肩甲骨付近から生えた二つの翼は、肩の辺りまでは持ち上がるように緩やかな上昇曲線を描いている。そこから風間の姿勢の良い背に沿うように、すっと下へと伸びていた。
先端がちょうど、風間の腰に届くか届かないかという位の大きさで、普段は薄くたたまれている。たたまれていると、然程気にはならないし、正面から向かい合っていると翼自体が見えない。けれど、大きく広げられるとその存在は、生田の目を文字通り、釘付けにしてしまう。
そしてそれは見ている限り、時に風間を助けた。ダンスの最中に足を縺れさせた風間が、器用に体勢を立て直す時は、翼が大きく羽ばたいて、風間の小さな体を空気にふわりと浮かべるように支えるのが分かった。
とは言え、翼そのものに意思があるのか、それとも風間本人がコントロールできるのか、その頻度はあまり多くはなかった。故に、彼のダンスはいつまでたっても「苦手」、なまま。
そもそも、あれは風間のものなのかしら。生田は考える。
何しろ、見えているものがものだけに、人に聞く訳にもいかない。本人に確かめるなんて、尚更嫌だ。もしも、自分だけに見えている幻だとしたら、笑い話で済めばまだしも、万が一、精神科のカウンセリングだ、それとも眼科で精密検査だなんて事態になったら、困る。
駄目駄目、絶対に駄目。そんな事になったら、あの羽根を心置きなく盗み見たり、眺める楽しみが消えてなくなってしまう!
風間本人が羽根を意識している様子を、生田は見た事がない。
たとえば、あれが風間のものならば、髪や服の乱れを直すように、羽根を気にしてもいい筈だ。けれど彼がそれに目をやる事は、生田が見ている限り、一度たりともなかった。とは言え元より、羽根が一筋とて乱れているところも、見た事はなかったのだが。
本当に気付いていないのかしら、自らの背を飾る美しい翼に。嗚呼、それなら教えてあげた方がいいのかな。いや、だけど。勘違いなら困る、変人扱いされたら困る、絶対に困る!
堂々巡り。無駄とは知りながら様々な考えを巡らせていた生田だが、誰にも相談しなかった一番の理由はと言うと、要するにあれを、風間の羽根の存在を他人に知られるのが嫌なのだ。
自分だけの特別な風間を、誰にも知られたくない。絶対に。
何時の間にか、好きになっていた。
この場合の「好き」の行方は、羽根だけでなく、その持ち主本人に対してのものだ。日がな一日、ずっと風間を見続けていても飽きず、それどころか更に、様々な風間に気付く。
どこもかしこも小作りな体に似合う、ふわふわと柔らかい、溶けかかったマシュマロみたいな笑顔。余分なものが全くと言っていい程についていない細く華奢な体は、ほんのちょっとした衝撃でも、砕けて壊れてしまいそうに見えた。
けれど、その心は強かで強く、言葉は的確過ぎる程に鋭く、聡い。小さいけれども誰より意志の強い目は、あさはかな隠し事なんて通用しそうにない。どんな事でも簡単に見通してしまいそうだ。自分の想いもいっそ、見抜いて暴いてしまってほしいと思うくらい。
夜、独りになると生田は思う。風間はもしかしたらいつか、あの綺麗な翼を羽ばたかせて、どこかへ飛び立ってしまうんだろうか。自分の前から、消えていなくなってしまうんだろうか。
………嫌だ。
最悪の想像に寝そべっていたベッドから飛び起きて、生田は激しく首を横に振ると、ギリ、と唇を噛み締めた。
そんなの、絶対に嫌だ。俺は風間の傍からずっと、離れたくない。離れるつもりもないし! ずっと一緒にいて、何時の日か風間と風間の羽根を、俺だけのものにするんだから。
って、あれ? ……これって、恋か。恋じゃん! 俺、恋してんじゃん!
独占したい。俺だけのものにしたい。でも、どうやって? 声にならない唸り声を洩らしながら再びベッドに倒れ込む生田が悶々と過ごす夜は、長い。
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