celestial
熱く恋心を滾らせ募らせる生田を、ある日、衝撃が襲った。それはもう、凄まじいインパクトだ。
いらない噂を立てる輩というのはどこにでもいるもので、この世界は特に閉鎖された空間である上に、人口密度が妙に高い。故に、話が回るのは、嘘も真も末広がりのネズミ算方式に、早い。
生田だって、噂話は嫌いではないし、むしろ根も葉もないものを面白がる方だ。けれどそれが、自分の想い人について及んだもので、更に根も葉もあるとなると、話は別。
「風間クンと山ぴーって、付き合ってるらしいよ。」
「違うって、体だけなんだって。カラダだけ。」
「マジ? それってセフレってやつ? いいなー、俺も欲しい!」
「やっぱ風間が下なのかな。俺は全然好みじゃないんだけど。」
「は? 斗真、あんだけ一緒にいる癖に、知らないの?」
知ってるさ。と、生田はまた、こっそり溜息を吐いた。
あくまでも笑顔で、「嘘! 知らなかったー!」なんて、無難に誤魔化しながら、勿論知ってたさ。噂になる程とは、知らなかったけど。
山下と風間は、生田の見ている限り、そんな素振りは全く見せなくて、だから出遅れてしまったけれど。それでも、大っぴらに噂が回ってくるまでには、どうにかこうにか状況を把握できていた。把握? それも随分あやしいが。
と、言うのも。見てしまったのだ! まさに、現場を!
戻ろうとした楽屋で、山下と風間がキスをしていて、というか、山下が風間にキスをしていて。覗き見趣味なんて勿論ないけれど、見ちゃったものは仕方がない。
風間はほんの少し体を捩って(その時微かに羽根が動いて風間の動作を滑るように軽くした。氷の上を踊るようだと、生田は一瞬状況を忘れて見惚れてしまった)、山下が追うように伸ばした手が届かない安全圏に離れると、溜息混じりの押し殺した声で、言った。
「人に見られるような場所では嫌だって、前に言った。第一、人に見られてもいいような、そういう関係じゃないだろ。」
「分かってるけどさー。」
「とにかく、」
風間は山下の言葉を遮るように、冷静極まりない顔をして、
「付き合ってる訳じゃないんだからな。こういう場所で、こういう事、絶対にすんな。」
「それは、俺だってそのつもりだけどさ。」
山下の、決して恋している顔ではなく、いつもの焦点の定まらないような茫洋とした、けれどどこかに冷ややかさを秘めた表情だった。
………なんだ、なんなんだ、この状況は!
生田は感情の収拾がつかないまま、慌ててそこから足早に遠ざかった。とにかく、逃げた。そこにいたくなくて。
意味分かんない、見たくない見たくない、聞きたくない!
けれど、自分の中身を抉り出されるのも、同時に感じた。だってあれは、自分自身が風間にしたかった事、生々しい欲望のかたまり。キスして抱き締めて、それからもっと風間を感じて。
それからというもの、生田は二人の挙動が気になって気になって、どうしようもない。最初のうちは極力さり気なく、と自分を抑えていたものの、そんなのは元々、柄じゃないから到底長続きしない。
最近の生田の落ち着きのなさっぷり、挙動不審の様子といったら、風間が冷静に呆れ突っ込みを入れるというレベルをすっかり通り越してしまったらしく、遂に普通に心配し始めたほどだ。
「斗真、本当に大丈夫か? 具合、悪いんだったら、」
「なんで、何が? ぜんっぜん平気! どっこもおかしくないってばー、勿論今日も絶好調だし!」
空元気を思い切り振り回して応えてみせると、それならいいけど…と、明らかに信用していない様子で首を傾げて、心配の色が健著な目で見つめてくる。
山下はと言えば、やっぱり元々他人に興味がない様子で、知ってか知らずか、兎に角無関心、知らん顔。そんな山下が、よりによってなんでこんなにかわいくて綺麗な風間と…と、盲目的感情過多ながらも疑問に思っているけれど、事が事だけに流石に面と向かって追及のしようがない。これで相手が風間でなければ、普通に、というよりは不謹慎ながらもむしろ面白がる勢いで、話を聞く事もできただろうに。
それにしても…と、生田は思う。
風間ったら、勘がいい癖に、自分に向けられる感情には疎いのかな。あ、だけど、敵意とか悪意とか、負の感情を向けられる事に対しては、やたらと敏感だったっけ。じゃあ、好意だけに鈍いのか? 好かれる事に、馴れていないとか?
と、心の中だけでぶつぶつと呟きながら衣装に袖を通していると、
「斗真?」
「なーに、なんでもないって、」
「じゃなくて、衣装。裏返しに着てるけど。」
「………え。あ、ホントだ。って、ギャグじゃーん!」
「…それなら、いいけど。いや、よくない。つまんない。」
なんて、とりあえず突っ込んでくれながらも、風間の顔は明らかに、本気で困惑していた。その顔をさせているのが自分なんだと思うと、生田は情けなさに溶けて消えてしまいたくなった。
好きで好きでたまらない相手に、こんなつまんない心配させるなんて。俺、男の風上にも置けないって!
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