celestial
「で、話って、何?」
「……う、ん。」
生田に理由は分からなかったけれど、風間は確かにここにいて、それはリハ終了後に自分の目の前で風間が山下の今夜の約束を断ったからだ。断られた山下は特に文句もなく、少しばかり不満げであったものの、「わかった。」の一言で済んだ。そんな自分達を見て見ぬ振りをしていた周りは、興味ありげにざわついていたが、それはまぁ、放っておいて。
もしかしたら、ちょっとした修羅場的なものを見せられるかも、と思った生田は、拍子抜けした。本当に、付き合っている訳ではないらしい。
そんなに真剣な話なら、と、風間に自宅か生田の家かで、と提案された。今は、生田の自室。片付いていて良かったと胸を撫で下ろし、母親の激しい歓待もそこそこにかわして、漸く落ち着いた。
とは言え、のんびり落ち着いている場合、ではない。
「斗真?」
ベッドに腰掛けた風間が、足元に座って黙ったままの生田に、やんわりと水を向けてくれる。覚悟していた筈なのに、胸の辺りが切なくきゅう、と音を立てたような気がした。
「えと……風間、ってさ、」
「うん?」
「………山下、と。どういう関係、なの?」
言えた。生田が迷った挙げ句、少しどもりながらもどうにか口に出せた言葉。しかし、少しは衝撃を与えられたかと思うも虚しく、風間は微塵も動揺する素振りを見せず、問い返した。
「あー………どういうって、どういう意味?」
なんで、この人はこんなにも、冷静なんだろう。
生田は思った。自分ひとり、ばかみたいだ。自分は風間に振り回されてこんなにぐちゃぐちゃになってるのに、まぁ、勝手になってるんだって言われればそれまでだけど、当の相手はそんなのどこ吹く風。本当に、なんにも分かってないんだから。
そう思ってしまうと、生田の中で、何かがぷつんと音を立てた。
「つーか、なんで山下とキスとかしてんの? しかも楽屋で。皆の中じゃすっげ噂になってるしさ、カラダの関係だけとか、そういうの。ホントなの? 何、嫌がらせ? マジむかつくんですけど!」
まくしたてている間、風間がきょとんとした顔で自分を見ているのが自棄に可愛らしくて、こんな時にまでうっかり見惚れてしまう自分に、生田は無性に腹が立った。
しかも相変わらず、羽根も超絶綺麗に見えてるし! こういう時にも当たり前みたいに綺麗だなんて、マジ悔しい!
生田が言葉を切ったのを見て、風間はゆっくりと口を開いた。
「本当だよ、全部。付き合ってる、とは違うけど。」
「………って、それだけかよ! 他になんか言う事ない訳?」
また切れ出した生田を見て、風間は首を傾げて生田の顔を見下ろした。
「なんかって言われても。大体、斗真は何をそんなに気にしてるんだよ。最近、様子がおかしかったのは、俺と山下の事で? なんで?」
「なんでって! マジ分かってない! 俺、風間の事が……!」
一瞬、空気が止まった。
風間は本気で呆気に取られた顔をして生田を凝視し、生田は生田で、考えていたよりも早いタイミングで告白、のような形をとってしまった事に、動揺を顕にして目を泳がせた。
沈黙を破り、先に言葉を発したのは、比較的冷静だった風間だ。
「……………お前、本気か?」
「あーもう、俺の馬鹿! 言っちゃったし! 本気だよ!」
生田は自棄になったように、自分の髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。別に、段取りを組んでいた訳ではない。けれど、こんな「うっかり口を滑らせました」みたいな告白の仕方なんて、するつもりはなかったのに! それなりに・・・なんと言うか、どうせするなら一応、それなりの雰囲気とシチュエーションで告白したかったのに。それもこれも、
「……俺、斗真に想ってもらえるような人間じゃ、ないよ。」
「へー、人間じゃないんだ? だったら、何。天使? ……あー…。」
自分の口から飛び出す言葉に、溜息をつく。嗚呼、また言ってしまった。こうなると、なし崩しだ。告白に続いて口を滑らせるつもりは、勿論さらさらなかったけれど。
けれど、「天使」という言葉を聞いて、風間は尋常ではない反応を見せた。
硝子細工を重ね合わせたような繊細な翼が、風間がびくりと体を竦ませたのと同じに、微かに震えた。震えて、少し緩く広げられていたのが、すっと閉じた。それを目にした瞬間、生田は確信した。
自分の目や頭が可笑しい訳じゃない。夢でも幻でもない。絶対に。
「天使なの? だって、風間の背中には羽根が生えてるでしょ。真っ白できらきらしてる。馬鹿じゃないのって笑ってもいいよ。だけど俺には見えるんだから、仕方ないじゃん。俺、初めて会った時からそれ見てて、それから風間も見てて、気がついたら好きになってたんだよ。風間を想ったり、自分だけのにしたくなったり、守ってあげたくなったりすんの。大体、なんで俺だけに見えてんの? 風間の事、想っちゃいけないっていうなら、その羽根、なくせよ。俺の目に見えなくしろよ。」
風間は一瞬怯んだ様子を見せたが、生田の言葉の途中から、じっと生田を見つめている。逸らせる気配は全くない。その視線の、思ってもみなかった穏やかさと静けさに、少しばかりの戸惑いと気恥ずかしさを覚えながらも、生田は最後まで言い切って、ほっと息をついた。
生田が言葉を切っても、風間は何も答えずに静かな視線を向けている。余りにも長い沈黙。
俄に不安が湧き上がる。自分の確信が、単なる思い込みだったんじゃないだろうか。そうかもしれない、だって、風間本人の口から羽根の事を聞いた訳ではなく、よく考えてみると今までと同じ。自分が見た、というだけなのだから。勝手な思い込みで、都合のいい映像が自分だけに見えていたのだとしたら、きっと、可笑しいと思われてしまったに違いない!
けれど、いたたまれずに視線を逸らして、どこかへ逃げてしまおうかと立ち上がりかけた生田を、風間の手が押し止めた。肩に軽く触れられただけ。なのに体に電流が走ったように、生田は体をぴくりと竦み上がらせた。…叱られる?
見上げると、風間の顔は思ったよりも近くにあって、再び視線が合うと逸らせなくなってしまった。生田は、魅入られたように風間の顔を見つめたままで、その唇が紡ぐ言葉を、聞いた。
「見える、のか。」
「………え、」
「斗真には、見えるんだ? これが、本当に見えてるんだ?」
瞬間、風間の背中の翼がばさ、っと音を立てて広げられた。その勢いで抜け落ちたふわふわの羽毛が、ふたりを包むように舞い散る。
「俺は、天使なんかじゃないよ。」
ぼんやりとしていた耳元で囁かれて気付くと、風間の顔はもはや、生田の間近にあった。途端に心臓の鼓動が一拍、跳ねるように早まる。あと少しでも近付けば、額がこつんと触れ合ってしまうくらいに。
しかし、実際に触れたのは額ではなく唇だった。生田は夢見心地で、目を閉じた風間の顔と、その向こうに広がる羽根に見惚れた。キスではなく、何か大切な儀式を施されているような気分。
初めて触れた風間の唇はふっくらと柔らかく、少しひんやりとしていて、蜂蜜のような甘い香りがした。気のせいかもしれないけれど。
「……天使なんかじゃ、ないから。」
唇を僅かに離してぽつんと囁いた風間も、どこか夢見心地に見えた。
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