うれしい瞬間、誰と一緒にいたいと思うかが、最重要事案。
ひとひらのしろ
「うっわ、さみー!」
言葉の内容とは逆にはしゃぎきった声が、赤西の耳元ではじけた。
大晦日。この寒い中、いきなり人気のない公園に行こうなんて誘われて、ついてく自分も自分だけれど、
断られるなんてこれぽっちも思ってない、一緒に来るってのを信じて疑わない、コイツもコイツだと思う。
つーか、眠いし。寒いし。ハンパねーし。あのー、耳、凍りそーなんですけど?
赤西はぶつぶつ呟きながら、厚手のニットキャップを首に届きそうなくらいに引き下げた。
んで、当たり前だけど、カラダも使い古しのボロゾーキンみたく、くたくただし。
何せ年末の一仕事を終えたばっかりの、アイドル様ですから。カメだってそーだろーがよ。
コン終わってあけましておめでとー、今年もよろしく。んじゃバイバイって、皆と別れて。
当然、流石に今日はまっすぐ家に帰って、今年(そうだよ、今年だよ!)の鋭気を養うためにもぐっすり眠るのかと思いきや、
「仁、公園行こ!公園!」
………はぁ?なんだそれ、馬鹿じゃねーの?
訳分かんねーと思っただけでなく、口にも出してしまった赤西は、力加減八分目と半分で殴られた。
で、殴られたからだけでもなく、カワイイ恋人の笑顔プラス期待を込めたキラキラの目には、逆らえない。
亀梨の表情は、「うんって言え!」と、笑顔で無言の脅迫。
我侭で通っている赤西仁。けれど実は、自分以上の押しには非常にあっさりと弱い。人はそれをヘタレとも言うが。
とにかく、我侭でカワイイ恋人には、滅法弱い。
引きずるように連れてこられた公園。規模は大きく、夏には花火大会なんかも催されたりするし、ダンスの自主練にももってこい。
それだけでなく、木陰でちょっといちゃついたり、いちゃつきレベル以上の事もできちゃったりする。
しかし、それはそれなりの季節であっての事。今は冬。真冬。
記録的な寒波がこの国を必要以上に冷やしまくっている中、自分たち以外には全く人気のない空間は、
気温のせいだけでなくひたすら寒々しい。
それに、夜明けまでにはまだ間がある暗さ。と言っても、今年最初の夜明けの太陽は拝めないだろう。
二人の上には、どんよりと垂れ込めた厚い雲。加えてこの気温の低さ、予報通り、雪が降ったっておかしくない。
これでここまで寒くなく、天気もよかったなら。
初詣の後に初日の出を見ようと言う元旦の基本に忠実な人々や、無意味に騒ぐガキ共で、
もしかしたら少しは賑やかだったかもしれないが。
赤西は、今をときめくアイドル様にあるまじき大欠伸をかまし、涙の滲んだ目尻を乱暴に擦った。
元々、夜行性の生活が性に合ってはいるけれど、一定以上の疲労と寒さを抱えると、流石に眠気が勝る。
「カメー、もぉ帰ろーぜ、愛の巣へ……ふぁ」
「あくびしてんじゃねーよ。帰んないの!って愛の巣とか言ってんな、エロ仁」
「つーか、マジ寒いし。風邪ひくし」
「何ゆってんの、仁バカだから絶対ひかないって」
「は、うるさいし!つーか別に公園どうでもよくね?デートすんならうちでしよーぜ、姫始めであっためてやるからさ」
「それは後で」
「だーから、なんでだっつの!」
さみーねみーさみーとエンドレスで騒ぐ赤西に、しっかり無視を決め込んで、
亀梨は、手袋をした手を口元まで持っていくと、ほおっと白い息を吐きかけた。
鈍い色の空を見上げる、Jr.一のロマンチスト。細い頬を冷気にそんなに白くして、一体、何を待っているのか。
ひらりと、一欠片が降りたのは、その時。
「来たー!」
亀梨は歓声を上げ、今年最初に舞い降りた純白の切片を、手を伸ばして受け止めた。
ひらひらとてのひらに落ちた雪は、綺麗な綺麗な正六角形を形作っていた。
樅の木を6本、放射状に広げたような形。雪の結晶と言われて誰もがイメージする、あの形だ。
「見て、仁!」
差し出されたてのひらを見て、赤西もなるほどと納得。
「カメ、雪見たかったんだ・・・あ、わりー」
と、喋るとその息の暖かさで、六角形は瞬時に溶けてしまった。
「あー!何すんだよ仁のバカ!!!」
綺麗だったのにー。と、冷たくなった唇を尖らせて抗議する亀梨。その眼前に、赤西の手が差し出された。
「ごめんって。はい、カメ」
空に向けられたてのひらの上。そこに、はかったように雪がひらひらと降りてきて、止まる。
目を近づけるとまた、くっきりと綺麗な結晶。
「うーわ、きれー。俺、仁とこれが見たかった!」
不思議だよねー、こんな綺麗なのが空から降ってくるなんてさ。形、全部違うのに全部六角形で、そんで、全部綺麗。
あっさりと機嫌を直して喜ぶその髪にも、雪は落ちてきた。肩にも、腕にも、睫毛にも。
二人して見上げると、空の真ん中に穴が開いたみたいに、白の欠片はどんどんと数を増やして降りてくる。
違う。なんだか二人の方が、空に吸い込まれて雪の中を昇って行くみたいな気分。
なぁ、俺ら、上がってってない?
そんな事を言ってはしゃぐ笑顔が可愛くて、でも寒そうで。
赤西は笑うと、透けるみたいに冷え切っている亀梨の白い頬に、唇を押し付けた。
びっくりしたような、嬉しいような顔をして、亀梨は赤西を見る。
目深にかぶったニットキャップの上にも雪は積もっていて、亀梨に負けず劣らず白くなった頬は、寒そうで、でも綺麗。
お返しにと、乾いた唇にちゅっとキスをすると、離れるか離れないかの内に引き寄せられて、抱き締められた。
キスをされて、キスを返して、またキスをされた。乾いていた筈の唇は、あっという間に柔らかく温んで溶け合った。
冷たい頬を押し付けあって、何が面白い訳でもなく、降り頻る雪の中で笑う。笑って、他愛ない約束を交わした。
寒くても、ずっと。今年もずっと、一緒にいよう。