どうして、君みたいに
楽屋に入ると、そこに広がるのはいつもの光景。
「てめ、ふっざけんなよ!」
「ふざけてないよ?真剣だよ?俺、剛の事あいしてるもん。」
「そーれがふざけてるっつーんだよ、ばーか。」
「あ、ばかって言った!ばかって言った!半分あげようと思ったけどやんないからね、もう。」
「つーか元々俺のだろ。」
この前にひとつ仕事があった僕。じゃなきゃ、ふたりよりも遅く楽屋に入るなんて事、滅多にない。
そんな僕の疲労を激増させるような光景が、そこには広がっていた。
じゃれあうふたり。剛くんと健くん。
俺が入ってきた事にも気付かずに、ひとつしかないソファでじゃれあってる。
話題はどうやら、剛くんが買ってきたらしいパンらしい。それを欲しがる健くんと、取り合ってるのか。
悟られないように、一瞥。
「おはよう。」
控え目に声をかけて部屋に入ると、ソファの上からはごく儀礼的な返事が返ってきた。
ふたりして、声変わりしたのかしてないのか、似てるようで違う、甘くて高い声。
ふたりして、似てるようで違う体つき、似てるようで違う、顔。
似てるようで違ういれものの中に、全く違うのに惹かれ合うふたつのたましい。
いつからか僕は、一歩距離を置いてふたりを眺めているようになった。
出会った頃は、それでも少しは近付こうとしていた気が、する。
けど、それは無駄な努力だって早々に悟ったから。
僕だけが邪魔者。僕だけが異邦人。僕だけが…
あの人には、似合わない。
荷物をテーブルの上に置いて、開いている椅子に腰を下ろすとかばんの中から読みかけの本を取り出す。
ソファから聞こえてくる睦言のような声に極力気を取られずに、栞を挟んだ頁を開くとそこに並ぶ活字を目で追う。
本は、好きだ。
僕をひとりにしないから。
ソファからは、かさこそとパンの袋を破く音。
気付かない振りして、頁を捲る。
ソファからは、破った袋からパンを取り出す音。
「いただきまーす。」
「は、ふざけんな、俺のだっつってんだろ。」
「うわ、ギブギブ!一口あげるから、な?な?剛ってば、重いよー。」
「お前がひとくち下さいってお願いする立場だろ。襲うぞ、こら。」
バン!
ハードカバーの本は、思いきり力を込めて閉じると相当な音がする。
ふたりの睦言が止むくらいには、効果を発揮する。
「………岡田?」
ああ、僕の名前が岡田だっていう事は、分かってくれているんだ。
不審そうに上がった声は、キャラメルボイスのあの人。
無性に腹が立って、その声をかき消すように本をテーブルにバシリと音立てて置いた。
静まり返る楽屋。静まり返る、空気。
本に落としていた視線をソファに向けると、重なり合ったふたつの体。
呆気に取られたような目がふたり分、僕に向けられている。
お似合いだ。誰も文句のつけようがない。
僕はふたりに向けて、にこりと笑みを浮かべて見せた。
「…ちょっと出てくる。ごゆっくり。」
笑顔を作ったままで椅子から立ち上がると、それだけ言い捨てて楽屋を出た。
止める声もない。当然か。邪魔ものがいなくなるんだもんな。
その代わりに、閉じかけたドアの隙間から聞こえてくる、声。
「なんだ、あいつ。最近変じゃね?大体ごゆっくりってなんだよ。」
「さー。疲れてんじゃないの。それよりさ、剛、パンはんぶんこしよーよ。」
……早足で、その場から逃げるように離れた。
どこへ行こう。どこか遠く。
見たくない見たくない見たくない、聞きたくない。
いつも、思う。
健くん。
どうして、君みたいに生まれなかったんだろう。
こんな事、考えても仕方ないのに。
どうして、君みたいに、剛くんに似合うように生まれなかったんだろう。
俺だって剛くんに触れたり、じゃれたり、パンをはんぶんこ、なんて贅沢は言わないけど。
苦しくて、悔しくて、…こんな感情が自分の中にあるなんて認めたくないくらいに、僕は貴方に嫉妬する。
誰の目にもつかない場所まで逃げて、逃げて。
行き止まりで壁に手をつくと、その場に崩れた。やっと、泣ける。
どうせ目が赤かろうが瞼が腫れようが、あの人達は、気付かない。
そう思うと、漸く嗚咽と涙が零れた。
--------------------------------------------------------------------------------------
とある日の、カミセン楽屋風景。
…三宅さん難しいです。うわー…全然掴めてなくて申し訳ない。
青にとって三宅さんは掴みどころがないんです。
でも、「お前ってホントいい性格してるよな」っていう、性格ではあると思う。
たぶんね、岡田さんが森田さんの事を好きだって分かっていて、過剰なスキンシップを目の前でやってるんだと思う。
ドSですね。ちなみに森田さんは何も分かっちゃいませんね、きっと。
photo by cis