ココロノカタチ。
あなたのココロノカタチを教えて下さい。
ココロノカタチ。
「こころのかたち。」
楽屋での控え時間。唐突な話題転換に、生田は大きな眼を零しそうな勢いで瞬かせた。
風間は、いつもそうだ。頭の回転がくるくると早くて、思考がひとところに止まっていないから、
はっきり言って、何の話をされているのか分からない事も、珍しくない。
って言うかさ、言葉遊びや難しい本なんかより、せっかくふたりっきりなんだから!
少し…キスくらいでもいいから、いちゃいちゃしたいんだけどなぁ。
そんな生田のささやかな希望はいつでも、九割九分九厘のとてつもない高打率で打ち砕かれる。
風間は、人目につきやすい場所で恋人という関係を晒すのを、極端に嫌がるからだ。
男同士だから体裁がとか、理性がどうとか言う前に、単に照れ屋なだけなのだという事を、生田は承知している。
無理を承知でごり押しして、時に鉄拳制裁や完全無視を食らう事も、無きにしもあらず。
それでも。今も、本を広げながらでも、ふたりきりならこうして相手はしてくれるんだ。
そんな程度で満足するほど、俺も甘くはないけどねー。
なんて思いながら、聞いてなかったのかと呆れて言われるのは嫌で、生田は即座に聞き返した。
「なに、こころのかたちって。ハートの事?」
笑顔で首を傾げて、こうゆうの?と、自分の胸の前にハート型を作って見せる。
両の親指と人差し指で作られた、少しいびつなそれにちらりと視線をやって、風間は小さく頷いた。
「そう、それ。なんで、その形なんだと思う?」
「なんでって……、分かんないけど。」
「不思議じゃない?」
考えた事もなかったけれど、言われてみれば確かに、そうかもしれない。何にも似ていない、不思議な形。「こころのかたち」と風間に言われて、即座にハート型を思い浮かべたけれど、どうしてこころはこの形なんだろう。
自分の作ったいびつなハートを見て首を傾げて唸ると、風間は読んでいた分厚い本をぱたんと軽い音を立てて閉じ、生田に向き直った。
「ハートって言われると俺たち日本人はすぐに、こころって思うけど。実際、英語でハートっていうのは、心臓の事なんだよ。」
「え、そうなの?」
「そうなの。だから、斗真が作ったハート型ってのは、心臓の形をデフォルメ……つまり、単純化したものなの。」
「ふーん……。」
デフォルメくらい、言い換えてくれなくても分かるよ。子供扱いされたように感じて言い返そうかとも思ったけれど、不毛な文句はどうせ、無駄なのでやめておく。風間に、口で勝てる訳がないんだから。
それにしても、フレームのない薄い眼鏡の奥から理路整然と説明されると、色気の一欠片もない、なんだか素っ気無い話だ。途端に興味をなくした風の生田に、風間は苦笑混じりで続けた。
「で、ここからが本題。なんで心臓の形の筈のハート型が、こころのかたちなんだろうっていう。」
「あー…そうだな。心臓とこころ、別のものだもんね。」
「不思議じゃない?なんでだと思う?」
「なんで…えーと。あ、答え、あんの?」
「まぁ、一応あるような…。」
「マジで?絶対言わないで!えーと………、」
指で作ったハート型を見つめ首を捻りながら、眉を寄せて考え始めた生田を眺めて、かわいいな、と風間はこっそり笑った。
ここ数年でめっきり大人っぽくなった生田。外見につれて、内面もすっかり大人びた。特に、外の人と一緒に様々な仕事をこなすようになってからは、随分しっかりしてきたなと思う。
けれど、こうしてふたりでいる時に、不意に覗く子供っぽい可愛らしさも、生田らしさの一面だ。いくら背が伸びて、自分が見下ろされたりキスをされたり、抱き締められたりするようになっても、かわいいなと感じる事は、多々ある。
それを生田に言うと、子供扱いしてる!と拗ねるか、大人だと証明してやる、と、とんでもない無体を働かれるかのどちらかなので、これは風間の中での密かな楽しみ。
「………もしかして、こころって心臓の近くにあるんじゃないのかな。だから、とか?」
考えに考えて、生田が漸く出した答。風間は、あっさりと頷いた。
「うん、一般論では正解でいいんじゃないのかな。こころが動くと、心臓の鼓動って早まったりするもんな。直結してるって考えても、おかしくないよな。」
「えー、ベタ過ぎー、つまんないー、」
「じゃあ、更に質問。」
「え?」
「斗真の心は、本当に心臓の近くにある?」
「………え?」
不可解な問いに、生田は呆気に取られたような顔で首を捻った。からかう訳でもなく、風間は真面目な顔をして、質問を続ける。
「大体、こころってさ。形がないものでしょう。だから本当は、何処にあるのかなんて分からないんだよな。なのに、どうして心臓イコールこころなんだろうって、思わない?」
「……それは、そうかもしんないけど、」
生田は思った。なんでもかんでも理詰めで考えていそうな風間のこころは、頭の中にありそうだ。
「だから、俺は思うわけ。こころのかたちも、そのありかも。人それぞれ、違っててもよくないだろうかって。」
話の道行きが少し、変わってきている。生田はテーブルに頬杖をついて、饒舌に話し続ける風間の口元を見つめた。
「で、たとえば、斗真のこころのかたちは、どんなだろう。とかね。」
「……俺のこころ?」
きれいに跳躍した話に、鸚鵡返しに尋ね返す。
「そう。俺は…斗真のこころは、まんまるだと思うんだよね。」
風間は、妙にゆっくりとした口調で、言った。大事な言葉を宝石箱に詰めてリボンをかけ、差し出した掌にそおっと置かれたような、そんな素敵な抑揚で、生田に向けられたことば。
頬杖をついたままで、ぼんやりとした目で風間を見つめた。きっと自分は今、嬉し過ぎて、相当間が抜けた顔をしているんだろう。だって多分、褒められているような気が、しなくもない。
視線をまっすぐに受け止めて、風間は続けた。
「斗真のこころは優しくて、きれいで、だけどなんだか掴みどころがないから、まんまるな形じゃないかなって、俺は思うんだけど。」
「風間のこころだって、まんまるだ。」
生田は笑って言い返した。こんな話題を仕掛けてくれるなんて。
「風間の方こそ、全然、掴みどころがないよな。」
「うるさいよ。斗真に言われたくない。」
「だって、ホントの事じゃん。そんで、風間のこころの掴みどころは、俺だけが知ってるんだよ。」
「え、」
不意に、こころを掴み取る言葉を投げられて、風間は珍しく返答に詰まって生田を見つめた。満面の笑顔で自分を見ている生田。他の誰にも見せない、とびきりの、けれど何処かに何か柔らかな含みを感じるような、風間ひとりにしか分からない、笑顔で。
「………そういう事にしておいても、いいけどな。」
風間は、仕方がないなという表情で、けれどほんの少しだけ嬉しさを滲ませながら、眼鏡の奥から笑顔を返した。
お互いに、掴んでしまっているんだな。お互いの、こころのかたち。
たとえ、目には見えなくても、こころで分かる。感じられる、そんなこころのかたち。
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