ばーか。
こんなものに頼らなくても、俺は、どこへも行きやしないのに。
そう言ったところで、お前は決して信じねぇんだろうな。
今日も、部屋の主が出掛けたここで、俺は時間を持て余す。
カーテンの引かれた薄暗い部屋には大きなベッド。向こうの壁際には大きなテレビやオーディオ類。
あっちに目をやるとキッチン。あの扉の向こうはトイレにバスに…外の世界へのドア。
けれど俺にそのドアを開く力はない。
だってほら。見ろよ、これ。
この大袈裟な
あのばかが俺を繋いでいきやがった。
大体さ、あいつあーんな整った顔してる癖にばかなんだよ。
なんの妄想にとりつかれたのか知らねぇし、知りたくもねぇけどさ。
俺がいなくなんじゃないのかってさ。
ある日突然だよ。セックスの最中にんな事言い出すからさ、俺も言ってやったんだよ。
んなに心配なら好きにしろ、首輪でもつけっか?なんてな。
冗談が冗談で通じねーんだよな、ばかだから。
気がついたら、繋がれてた。
この鬱陶しい、長ったらしいに。
手首には手錠。ご丁寧に左。
その先にだらりと必要以上に長いが繋がってて、床でとぐろ巻いてる。
俺の手首に繋がってる反対の先っちょは、ベッドの柱にしっかり固定されてる。
太さは、そんなでもない。ただ、試しに引っ張ってみたけど、壊れたり千切れたりする気配はない。
一応気ぃ使ってくれてんだろうな、部屋の中を動き回るのに困んないだけの長さがあって、
ひとり放っておかれても、飯もトイレも風呂も、なんも支障ナシ。
ただ、玄関まではギリギリ行けない。あと、当たり前だけどひとりじゃ上は着替えらんねー。それだけ。
俺が部屋の中を動くと、うざってー音立ててじゃりじゃりついてくる。
初めは何が起こったのかって思ったよ。
目が覚めたらさ、手首が自棄に重くて冷たいし、なんかごつごつ当たるしさ。
夢見てんのかなーと思ってお前見たら、隣で真剣な顔で俺の事ガン見してるし。
痛くない?って、すげー心配そうに尋いたよな。怒られるの怯えてる子供みたいな顔で。
その顔が、普段見てる顔と随分違って、出会った頃のお前を思い出したんだよ。
不安押し隠して俺らに必死でついて来て、事ある毎に怒られんじゃないかってびくついてたお前。
俺は笑って、に繋がれた手を持ち上げて、お前の頭を撫でたっけ。
撫でる度に金属の擦れ合う薄ら寒い音が響いて、撫でられたのが嬉しいのかその音がお前を安心させたのか、
見た事ないくらいの綺麗な顔で、お前は笑ったんだ。




それからずっと俺は、悲しき玩具。壊れたお前を慰めるための、玩具になった。
お前は毎日のように仕事に出掛けて行って俺はそれを見送り、
勝手に飯食ってコーラ飲んで映画見たり音楽聞いたり、
忙しいお前が仕事の合間にかけてくる電話で囁かれる愛の言葉に応えたり、
の音を聞かせたり、卑猥な命令、というより懇願に従ってやったりする。
きっと俺のせいでお前は壊れちゃったんだよな?だったら俺が責任とらないと。
だから、俺は逃げねぇよ。もとより、




「ただいまー、」
「おかえり、岡田。」
暗くなった部屋に、鍵の音が鳴る。お前の声が響く。
をじゃらじゃら引き摺って出迎えると、お前は作り物の人形みたいに張り詰めて整った表情をほっと緩ませて、
俺の唇にうっとりするような甘いキスをくれる。
なぁ、岡田。分かってんのか?
もとより、逃げる気なんてさらさらねぇんだ。
だって、俺を縛ってるのは、痩せた手首から今にも抜けて落っこちそうになってるこのじゃない。
お前の壊れた愛とキスが、俺にとっては何よりも逃げられなくこころを縛る、だって事。
ばかだからな。分かってねぇよな。




キスと一緒に頬に置かれた手が俺の首筋から骨へ緩く滑り降りると、余計な事を考えるのはやめた。






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岡田森田ですね。初ですね。
どこか何か大切なものが欠けている故に暴走する(しかも静かに)岡田さんと、
やはり何かが抜け落ちているからその暴走を受け入れてしまう(抵抗あるなし不問)森田さんという、
破滅進行型が好みです。
逆だと(青的には逆もアリ)ほのぼのになる気がするんだが。書いた事ないが。
あー…ネタチョイスが無難過ぎ王道過ぎでごめんなさい。
本当は鎖骨を前面に出すつもりでしたけど広がらなかった。
広がらないというか、ただのエロになってしまいそうだった(笑)






photo by Cell.