なかよし
なかよし
ふたりは仲良し。
そんなイメージが定着したのは、もう随分前の話。
今では、二人セットで見られるのが当たり前。いつ、どんな時でも上だの隣には中丸がいて、中丸の傍には上田がいる。
同い年、同じグループ、ツアーに出ればいつも同室、ロケも一緒。
些細な事でちょっとした喧嘩になったところで、1時間と続かない、仲良しシンメのロバ丸。
けれど。いつからか、上田はこっそり、不満だった。
俺が欲しいのは、そんなのじゃない。
「あー疲れた。腹減らね?」
レッスン後、帰り支度をすっかり済ませた中丸が、未だ隣でもそもそと着替えている上田に訊いた。上田の準備はいつも、微妙に遅い。
「減った。すごく。倒れそう」
「じゃあさ、ラーメン食ってかね?」
「あー、うん。あそこ?」
「そ、あそこ」
打てば響く、互いに互いを知り尽くした、会話のリズム。
上田はこくんと頷きながら、真っ白なシャツに袖を通した。色とデザインのシンプルさと、冷たいような肌触りの心地よさ。今の上田のお気に入りシャツだ。
が、釦を留める段になって、動作の一つ一つがたどたどしくもたつく。なんだか、自分で着替える事を覚えたばかりの子供のようだ。釦を留めるとか、針に糸を通すとか、指先を使うのは苦手。慌てて焦ると尚更。
いつもながらの自分の指の遅さに、少し苛つきながらも急いでいると、
「上田?」
「なーに、話しかけんなよ、もぉ」
「釦、いっこずつ間違ってるし」
「え」
ほら、と笑って指差された。目をやると、一番はじめの釦から全部掛け違えている。
「あれ、ホントだ」
きょとんとした上田の表情を見て、中丸はまた笑った。
「何やってんの。ほら、こっち向いてみ?」
向かい合わせになって、中丸は掛け違えた釦を手早く外していく。上田はされるがままで、その指の動きをじっと見つめた。
自分のシャツの上でてきぱきと動く、綺麗な指。本人も自慢にして、周りも認めている、すんなりと伸びた形の良い指だ。その指が、白いシャツの白い釦を滑るように外していく。
こうして観察すると、指というのはなかなか複雑な動きをする。釦を釦穴から抜き出す、たったそれだけの作業の筈が、中丸の指先は繊細に、不思議なくらいに細かく器用に動いた。
と、とりとめのない事を思いながら、ぼんやりと見蕩れていると、
「あれ?キャプテン、中丸に襲われてるー」
「ば・・・何言ってんだよっ」
中丸の肩越しに覗き込んできた亀梨のふざけ半分の言葉に、上田は慌てて否定しながらも、心の奥の隅っこを、きゅっと掴まれたような気持ちになった。
そして、
「カメうっさいよ!バカップルやってるお前らと一緒にすんなっての!」
続いて返された中丸の言葉。上田は、こっそりと溜息を吐く。
そう、俺たちはただの「なかよし」だから。
いつからか、胸の中でもやもやしていた「何か」の正体が恋だと気付くのに、あまり時間はかからなかった。
驚かなかった。納得できた。中丸は少しやんちゃで、寝起きが悪くて子供っぽところもあるけれど、変に責任感が強くて、そのギャップはプラスの魅力だ。面倒見も良くて、何かと不器用な自分を、分かる形でも、多分、分からない形でも助けてくれる。
それに、いつも一緒にいて………
なんて、理由なんてどうだっていいのだ。「好き」に理由をつけたって、何の意味もない。だって、もう、好きなんだから。
上田は正直で、それに馬鹿ではなかったから、いつの間にか育っていた心を見て見ぬ振りはしなかった。だからと言って、それを口に出せば、全部が壊れる可能性の方が大きい事も、知っていた。
だから、黙っている。黙っていれば、いつかこの気持ちは薄らぐかもしれない。
悪ふざけで飛べたらいいのに。
けれど、そうも思って、何度か言葉にしてみたりもした。
上田が放った、「中丸が好き」という言葉の矢を、中丸は避ける事無く受け止めた。
そして、
「俺も、上田好き」
なんて言って、笑うのだ。そんな時の中丸の笑顔も、好きだ。少し寄り目気味の目がくしゃりと小さくなって、イケてる顔じゃなくなるけど、そんなところが凄く好きだ。
でも、その「好き」は、信頼の証でもある代わりに、残酷な言葉でもあった。仲良しなんだから、好きに決まってる。
上田は思った。中丸と上田の「好き」の間には、見通せないくらいの深い隔たりがある。溜息の色に塗り潰されるような、一方通行。
あぁ、この思いの先は絶望的だ。微かな希望に夢見る事さえも叶わない。
けれど、それでも構わない。と、上田は唇を噛んだ。嫌われていないなら、それだけでも構わない。
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